久々に鬱になる番組「NHKスペシャル フリーター漂流」
鬱になる番組ということで、あちらこちらで話題沸騰だったNHKスペシャル「フリーター漂流」を見てみました。
就職先が決まらず、短期仕事として、工場での単純組み立て作業を行う人たち、会社・工場の都合で各地の工場を転々とする人たち。契約期間を待たずに辞めていく人たち、「誰でも出来る単純作業、わたしが明日居なくなっても困らないんだろうな」と呟く女の子。
残念ながら自分はフリーターというわけではないが、夢も希望も無い内容に、確かに見ていて鬱になる番組でした。
加えて鬱という以上に、永遠と繰り返す単純作業要員として、フリーターを単なるモノとしか見ていない工場の禿げ社長・請負会社の人間のコメントが、無性にむかついたわけだが。。。
「メーカー→工場→作業請負会社→フリーター」と回される仕事、なんだかんだで見ていて一番大変、というか必死だったのは、作業請負会社だったりしていたのは、ある意味面白いところ。フリーターは逃げようと思えば職場からいくらでも逃げることはできるが、請負会社は逃げることはできないからなあ。こういった孫受け会社の様子は、いつも見ていて切ない。
昔からこういった最下層の単純作業要員としての仕事は存在していたとは思うが、拡大するフリーター、拡大する単純作業要員としての市場の現状を、こういった形で改めて見てみると、気分的にもあまりよろしくない内容でした。
まあ、廃人も経済的なバックグラウンドがそれなりにしっかりしてるから成れるものであって、明日の生活さえままならないような状況なら、廃人も出来ないんだよな。
今、モノ作り大国・日本の製造現場は、フリーターによって支えられている。
ヒット商品が出れば一挙に大量生産、売れなければラインはすぐに閉鎖される。生産変動に対応できる企業だけが、厳しい国際競争を生き抜くことができる。コストダウンのため、企業が積極的に活用しているのがフリーターだ。正社員と比べて容易に雇用を調整することができ、人件費も安く抑えられる。バブル崩壊以降、多くの企業が、モノ作りの担い手として若者たちを使っている。現在、全国の製造現場で働くフリーターは、100万人にのぼると言われている。
番組の舞台は、栃木県にある通信機器メーカー。携帯電話の増産のために、急きょ労働力が必要になった。北海道や九州などから集められたのは、20代から30代半ばのフリーターたちだ。仕事に耐えきれずに工場を去る者。より良い待遇を求めて全国を転々とする者。さらに、フリーターから正社員への昇格を目指す者など、一人一人の価値観は様々だ。
先の見えない中、全国各地の工場を漂流するフリーターたち。今、製造業の現場で何が起きているのか。フリーターたちの姿を見つめる。
2月8日(火)午前0:15~2:07から再放送されるので、見ていない人には、まあおすすめ。
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機械より人間の方が安い。この経済学的事実は?
機械は剰余価値を産む(特別剰余価値)。機械化が進展し、人間なんか不要、という言説の前提には、人間の方が機械よりも高くつく、高額だ、ということがあった。だから、労働者は、職を奪うライバルとしての機械を壊した(ラッダイド運動)。しかし、機械よりも人間の方が安ければ、生産設備を機械化するよりも人間という部品機械を使ったほうが安い。(今度は、機械が自分より安価なライバルとしての人間を壊すよう、蜂起しなければならいだろう。ソニーのアイボといったロボットにはその使命があるのか?)人間という部品機械には、減価償却費用がかからない。人間という部品機械を維持するための食費・住居費という再生産費用は、再生産できない・維持できない水準に設定されている。つまり、再生産して健康な身体としての労働力を維持する気はいまや下請け資本の側にはない。消耗品として使い物にならなくなったら、油を注すことなく捨てればよいのだ(原価償却せずに廃棄物として捨てるのだから、高額な廃棄物処理費用を計上しなければならない税制度が必要だろう)。原価償却する必要はない。また新しく仕入れた方が安くつく。洗濯機が壊れたら、直すよりも新しく買った方が安いのと同じ理屈。とりあえず、健康であることは死活問題である。健康から不健康へと移行する間だけが、生存できる期間であり、その短いサイクルに生が限局されている。20歳で働き、20歳と1ヶ月で体を壊せばそれで終わり。20歳で働き、35歳まで健康を頑張って維持できても、遅かれ早かれ、不健康になるであろう。まさに健康な身体を維持する希望のない競争であり、産まれた子供はそれを意識し、自分の寿命は頑張って35歳、短ければ20歳と1ヶ月であると、悟る。これこそがグローバルな競争を肯定するグローバリゼーションの姿であろう。
これはイギリス産業革命のときよりもひどい状況である。当時は、再生産する費用を資本の側で出した。だって、複数の職場を掛け持ちする必要はなく、1つの職場で、家庭を維持できたから。いまや、アメリカのシングルマザーと同様、1つの職場では、子供を育てる費用は稼げない。つまり、資本は再生産費用を出さない。これが「フリーター漂流」で述べられていることではないのか?